ベクトルの向きをが変わった一つの問いAさんは当初、「どうすればもっとやる気を出せるのか」「自分がなぜ熱を感じられないのか」と、自分自身にばかり意識が向いている様子でした。一方で、「事業を通じて社会にどんな影響を与えているのか」という視点は、事業のスケールが大きいぶん、どうしても自分ごととして捉えにくかったようです。そんな話を聞きながら、私はふと尋ねました。「チームのメンバーに対して、どんな影響を与えたいと思っていますか?」Aさんは、少し黙って考え込んだあと、こう呟きました。「……最近、チームメンバーへの影響って、全然考えてなかったです。 事業の成果やお客さんへのインパクトばかりに目がいってました。」その後、大学時代のエピソードを思い出したそうです。「学園祭の実行委員をやっていた頃、“学祭を成功させたい”というよりは、 “運営のみんなが熱くなれるようにしたい”って思って行動していました。 やっていることそのものよりも、一緒に頑張っているメンバーの為に行動する方が熱くなれる人間でした。」この気づきをきっかけに、Aさんの視点は少しずつ変わっていきました。 自分に向いていた意識が、周囲へと自然に向きはじめたのです。「関係性の中での自分」という視点を持つ重要性「自分について考えれば考えるほど、逆に周囲が見えなくなる」そんな経験がある方も多いのではないでしょうか。そうしたときに欠けてしまいがちなのが、「自分の関わり方が他人をどんな気持ちにさせているのか/どんな影響を与えているのか」という視点です。人は関係性の中で生きる、社会的な生き物です。たとえ「自分を知る」という内省が目的であっても、例えば「〇〇さんと関わる時は気後れするが、△△さんと接する時は強気な自分が前に出る」のように、「関わりの中での自分」という視点を持たなければ、「本当に重要な自分の側面」が見えてこなかったりします。Aさんの場合もそうでした。仕事への熱を取り戻すために「自分について理解したい」という想いが前に出れば出るほど、自分自身にベクトルが向きました。結果、“周囲への影響”という視点が遠ざかり、「仲間の為に行動する」という一番Aさんが熱を持てる感覚を思い出せないでいたのです。人は、「自分は誰かに影響を与えられる存在である」と実感できたとき、行動がより自発的になり、継続性が生まれていきます。こうした自己認識は、Impact Identity(影響アイデンティティ)と呼ばれ、組織行動学の分野でも重視されています(Grant & Wrzesniewski, 2010)。終わりに:誰に、どんな影響を与えたいのかコーチングの現場では、「自分ばかりに意識が向いて視野が狭くなっている」 あるいは「社会や顧客といった遠い対象ばかり見て、具体的なイメージが湧かなくなっている」 そんな状態に陥っている方とよく出会いますそんなときは、「誰に、どんな影響を与えたいか」を改めて考えてみるのも一つの方法です。たとえば、困っているおばあちゃんの荷物を持つとか、電車で席を譲るとか。そんな場面で、「この行動に自分はやる気を持てるのか?」なんて、あまり考えませんよね。それくらい具体的で、シンプルな「与えたい影響」まで落とし込めたとき、人は自然に、前に進みたくなるのではないでしょうか。参考文献Grant, A. M., & Wrzesniewski, A. (2010). I won't let you down… or will I? Core self-evaluations, other-orientation, anticipated guilt and gratitude. Journal of Applied Psychology, 95(1), 108–121.