課題とは関係ないことが変化の兆しにきっかけは、前回のセッションで出した宿題でした。「一つだけ、自分でやると決めたことをやってみてください」Aさんが選んだのは「週に3回、ランニングすること」。その行動が、自分の考え方の変化とどう関係しているのか。本人も最初はうまく言語化できていませんでしたが、こう続けてくれました。「誰にどう思われるかを気にせず、ただ自分のためにやっているという感覚が、なんか久しぶりでした。」変化の前準備としての「エフィカシー(自己効力感)」の向上なぜこれまで悩んでいたテーマに関係がない「走ること」が変化を生んだのでしょうか?実は、自己効力感(エフィカシー)や自己肯定感は、「課題そのものを突破した経験」ではなく、「小さな行動をやりきった経験」によって育ちます。心理学者アルバート・バンデューラ(Bandura, 1977)は、自己効力感を「自分がある状況で望ましい結果を生み出せるという、自分自身の能力への信念」と定義しました。彼によれば、この感覚は「成功体験」「代理体験」「言語的説得」「情緒的覚醒」の4つによって形成されるとされています。Aさんの場合、ランニングという小さな成功体験を通じて、「自分の行動を自分で選び取れる」という手応えを得たのです。つまり逆に言うと、「目の前の課題を解決しない限り他の何もかもがうまく行かない」と思い込み無理して向き合い続けている状態が、むしろ泥沼にハマる原因にもなり得るのです。そんなときこそ、一見関係ないこと──たとえば朝走ること──をやりきる経験が、自己効力感を高める近道になります。Aさんにとっては、ランニングがエフィカシーを上げ、「自分の行動を自分で選び取れる」という「自分軸」を思い出しました。「自分軸」が生まれたことによる景色の変化これまでのAさんは、「どうすれば会社や上司に認められるだろう?」と、自己の評価軸を外に求めてきました。しかしその軸が自分に戻ってきたことで「そもそもAさんはこの仕事で何を実現したいんでしたっけ?」という私の問いが入り込む下地と余白がやっとできました。Aさんはこう語ってくれました。「私は、私が企業に紹介した方が、"もう仕事を変えたくない"と思うぐらい満足のいくマッチングをして、サラリーマンの幸福度を上げたいんです。」“上司や会社の期待に応える”ことをベースにしていた行動が、“自分の軸に沿った人との関わり方”に変わっていたのです。終わりに:変化の兆しに、目をこらす多くの人は、変化を“正面突破の結果”だと捉えがちです。でも実際には、変化の兆しは、意外と“仕事と関係のない行動”に隠れていることが多いのです。悩んでいるときこそ、「真剣に向き合うこと」と「自分を追い詰めること」の境界線は曖昧になります。そんなときは、あえて“関係なさそうなこと”に目を向けてみるのも一つの方法です。走る。片づける。早起きする。小さなことを「自分で決めてやりきる」こと。それが、自分の輪郭を取り戻す一歩になります。Aさんの変化も、仕事とは一見関係のない「朝のランニング」から始まりました。でも、その行動が「自分は何を与えたいのか?」という問いを受け取る余白を生み、仕事への姿勢を根本から変えていったのです。「ちゃんと向き合っているはずなのに、なぜか行き詰まっている」と感じたとき。その突破口は、思いがけない行動のなかにあるかもしれません。参考文献Bandura, A. (1977). Self-efficacy: Toward a unifying theory of behavioral change. Psychological Review, 84(2), 191–215.