自己決定理論が示す3つの欲求「相変わらず人の期待に応えたいという気持ちはあるけど、どこかで最近は“人にどう思われてもいいから自分で決めたい”って思っている自分もいて…。それって、自分の中で"関係性"よりも"自己満足"を優先するようになってきたのかなと思うと、自分のパフォーマンスが下がっちゃいそうで怖いんですよね。」この言葉を聞いたとき、「彼女の中で、“関係性”という欲求と、“自律性”という欲求のバランスが変わりつつあるのでは」と感じました。人は、どのような欲求に従って行動するのか。そして、それはどのようなバランスで成り立っているのか——心理学者Edward L. Deci と Richard M. Ryan(1985, 2000)が提唱した自己決定理論(Self-Determination Theory, SDT)では、人間が持続的に且つ意欲的に生きるためには、次の3つの心理的欲求が満たされることが重要だとされています:自律性(Autonomy) – 自分の行動を自分の意思で決めたいという感覚有能感(Competence) – 自分はうまくやれるという感覚関係性(Relatedness) – 他者とつながっていたいという感覚これらは互いに独立しているわけではなく、相互に補い合いながら人の動機や行動を支えているとされます。「関係性」を手放したわけじゃない彼女は「人の目を気にしなくなった自分」を、どこかで「傲慢」「空気が読めない」と否定的に捉えていました。でも、自己決定理論の観点から見れば、それは必ずしも間違った変化ではありません。重要なのは、その関係性がどのような動機によって支えられていたか、ということです。「嫌われたくない」「期待を裏切りたくない」→ これは自分の外側に軸があるような、外発的動機(introjected regulation)による関係性です。「この人との関係は大事にしたい」「信頼される自分でいたい」→これは自分の内側に軸があるような、内発的動機(identified regulation)です。彼女の変化は、「他人を切り捨てた」のではなく、“他人の評価に依存しない関係性”にシフトしようとしているのだと思います。むしろそれは、より成熟したつながりのあり方だと言えるのかもしれません。動機の“質”がすべてを変える自己決定理論では、3つの欲求すべてが「どのような動機の質で満たされているか」が鍵だとされています。以下は、各欲求における動機の質の違いを示した表ですすなわち、「どの欲求が満たされているか/いないか」以上に、「なぜその欲求を大事にしているのか」が、行動の持続性や幸福感に直結しているのです。おわりに自分がどの欲求を自然に優先しているかは、人によって異なります。そこに「良い/悪い」はありませんし、関係性を大切にしてきたことは、むしろその人の優しさや誠実さの証でもあるでしょう。でもその欲求が、「誰かの期待に応えるため」に動かされていたとしたら、一度立ち止まってみてもいいのかもしれません。“自分の軸は今、どこにあるのだろうか?”そんな問いを立てると人は静かに、「自分の人生を選び取る」選択を重ねていけるように感じます。そのために「止まって考える」時間を提供することが、コーチングの大切な役割の一つなのではないでしょうか。