あるクライアントとのやりとり私のクライアントのAさんは海外の出向先で、キーパーソンであるBさんとの信頼関係の構築に悩んでいました。AさんはBさんと1on1を繰り返し行なっていましたが、Bさんの反応は形式的で、本心が見えないと感じていました。「決して私は頭ごなしに指示命令をしているわけではありません。Bさんの気持ちを聞くために質問をしているのに、彼の反応はどこか表面的に聞こえてしまいます。」私は「AさんがそれでもBさんと向き合い続けている一番の目的」や「何でも伝えられるなら何を伝えたいか」など「この関係性に今求めるもの」について対話を進めていきました。するとAさんは「私はBさんに、とにかく分かってもらいたいのかもしれません。私が非常に難しいミッションを持ってこの会社に来ていること。そしてまずはBさんが変わらなければ、この組織は変わらないということ。それを分かってBさんに変わっていってほしいという想いが強くあります。」そこまで言うとAさんは少しハッとした様子で、「先ほどから私はBさんを変える話ばかりしていますね。自分自身は変わる必要がなく。Bさんだけが変わるべき対象だと捉えている気がします。この姿勢は、Bさんにも伝わっているかもしれません」と呟きました。そのセッションの最後に「今回気づいたことをそのままBさんに話してみて、Bさんが何を感じているかを聞く」という宿題を出させていただきました。Aさんは次のセッションで、早速その宿題の結果について話してくださいました。「Bさんは私と話す際、『この人(Aさん)が求めている答えは何だろう』と"正解"を探しながら私と話していたようです。その理由は、私から『あなたはこうあるべきだ』という無言のプレッシャーを感じていたからだと話してくれました。」その後、AさんはとBさんの関係性は徐々に好転しました。そしてAさんは「変える側 / 変えられる側ではなく、一緒に変化を起こしていくパートナーを目指す」と新たなゴールを設定されました。異文化における「認知的不協和」Aさんは元々信頼関係を築くことが得意な方で、だからこそ駐在員に抜擢されました。ではなぜ今回は苦戦されたのでしょうか。それは、異文化では認知的柔軟性が保ちにくいことが大きな理由だと思われます。認知科学においては認知的柔軟性が異文化への適応に極めて重要であり、自身の行動や思考パターンを柔軟に変える能力が成功の鍵とされています(Mark Friedman, 2015)。しかし認知心理学者 Linda Bohmster によると、人々は異文化に飛び込む時、既存の文化的枠組みと新しい環境との間で「認知的不協和」を経験することが多いとされています。そしてこの不協和は、認知的柔軟性を阻害し、新しい文化的慣習や価値観を受け入れ難くします(Bohmster, 2012)。さらに、心理学者 Michael Stevens による研究では、使命感が強い場合、個人はその使命を遂行するために自分の行動や考え方を正当化しやすくなり、これが認知的柔軟性を低下させる原因とされています(Stevens, 2015)。つまり、ただ異文化なだけではなく、アウェイにいるからこそ強まる「使命感」を感じやすい駐在や出張において、人は通常よりも柔軟性を欠き、信頼関係を築くハードルが上がるのです。これは海外で感じる異文化だけではなく、組織文化をまたぐ国内の出向においても同じことが起こります。慣れない環境で意気込むほどに、自信を客観視する機会が減ってしまいます。自身や組織の成長のために、そのような時こそコーチングや第三者との対話を通し自分見つめ直す時間を「意識的に」設定する必要があるのではないでしょうか。